2016年09月06日

見本を見せてしまう事の危険性

最近教えていて非常に問題に感じてしまうことがあります。

その場で見本を見せることに僕は全く抵抗がなく、どうしてもこうしてほしいと思ってしまうが為に、つい「こんな感じで・・」って見本を簡単に見せてしまう事が僕は当初から非常に多かったのです。(ものによっては作品全部やってしまう事もありました)

この「見本」というのは、誤解があるといけないのですが、「こういう感じで行う事も出来ます」と言った事です。

僕の方針は、今までの数十年の経験で培ってきた演技哲学的なことを教えています。つまり従来の「段取り」や「言い方」「演じ方」の方法を取らず自らの考えで自由に演じる方法です。文章で表現するのはほぼ不可能な経験的なもの。云わばプラトンやアリストテレス的な観点からのアプローチと言った方が近いです。

実際言葉だけで指導した方が良いのですが、やはり僕の指導を信じていただく為にも いわゆる求心力の関係で、「もしかして信じて無いかなぁ」といった場面でついやってしまうのです。

当初から分かってはいたのですが、結局一度見せてしまうと「考えと視覚」にすりこまれてしまい、コピーを行ってしまうのです。
これは確かに見た目はこちらの指示通りに行っているのですが、結局は自分の考えで行っているわけではないので、別の作品になると、実際は全く理解していなかったという事が露呈してしまうのです。

さらに厄介なのは、以前と似たシチュエーションが多い別の作品を行った場合です。今まで指示した場面と似た個所になると以前のパーツ的に覚えた方法をツギハギしてパッチワーク的な演技やセリフになってしまう事がわかってきました。

結局自己解決できるようにするためには、それなりに建設的な意思が必要で、やり方を習得するのみの受け身な姿勢は、見た目はとても人間的に好感度はある場合もありますが、自ら自由に考え、行う流れにはならないようです。

こうなると見本を見せてしまうのは非常に危険で、僕は演じ方や言い回しでやっているわけではないのに 結局見本を見せてしまうが為に「マネをしろ」と強制しているようなものになってしまうからです。

困った問題です・・・それでもやらないわけにはいかないわけで・・
posted by visualization at 01:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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